


理論言語学は「目に見える」ことばを観察し、「目に見えない」脳や心の中に存在する普遍的なことばの仕組みを研究する学問です。理論は頭の中で作られる抽象的なモノなので、理論物理と同じように「紙とエンピツ」さえあればできると思われがちですが、最近ではfMRI(機能的磁気共鳴画像装置)やfNIRS(機能的近赤外イメージング装置)など、脳の活動状態を検知できる機器を用いて実験的に理論を検証しようという試みも盛んにおこなわれています。 理論言語学では、説明対象となる言語データを収集・分析し、仮説を立て、ことばを生み出すモデルを構築し、経験的にモデルの妥当性を検証するという緻密(ちみつ)な作業を積み重ねていかなければなりません。派手さはありませんが、常に新しい発見や理解を伴う、エキサイティングな知的作業です。実際、理論言語学の中でも「生成文法理論」と呼ばれるアプローチは、ことばを自然科学と同じ方法で分析することによって多くの実りある成果を上げ、様々な分野に影響を与えています。

私が「生成文法理論」の研究に取り組んだきっかけは、アメリカの言語学者、ノーム・チョムスキーの著書 "Knowledge of Language: Its Nature, Origin and Use"との出会いでした。学部3年生の頃でしたが、辞書をひきながら、本がぼろぼろになるまで読みました。チョムスキーは、ヒトは有限個の記号から無限の新しい文を作り出す言語能力を生まれながらにして持っていると説いています。つまり、すべてのヒトが心の中に共通の“ことばのふるさと”を持っているというわけです。

ことばの問題は哲学、心理学、脳科学、生物学、コンピュータ・サイエンス、人工知能など、様々な分野に深く関係しており、ことばの科学的アプローチが果たす役割は重要です。もしことばを生み出す脳内の物理的メカニズムが解明されたならば、社会にどれだけ貢献できるか考えてみてください。脳に損傷を受け失語症になった患者さんに対して、どのような治療やリハビリが最も効果的なのか、私たちが外国語を習得するにはどのような方法が最も効果的なのか、ことばを話すコンピュータやロボットをどのように開発したらよいのかなど、理論言語学の成果が社会に与えるインパクトは大きなものとなるでしょう。
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